僕たちの果て ホームに走り込んできた車輌が、おデコくんの前髪を大きく揺らした。 「さっきだって、怒ってたんじゃなくて、その」 同じ様に、瞳が揺れる。額が余すところなく赤い。 「…キスしたいなって、思っただけです。」 …あの形相が!? 吹き出しそうになって、口元を抑える。前屈みになったら、くらりと身体が揺れた。倒れ込みそうになってた身体を支えてくれるのはやっぱりおデコくんで。 今度は遠慮なく、抱き付いた。 「ごめ、なんか力抜けて…。」 「いいですよ。しっかり掴まってて下さい。」 呆れた顔で、でも笑って支えてくれる。甘えてもいいの?と尋ねたら、恋人同士ですからと答えが返る。 今夜のおデコくんは、吃驚するくらい優しい。正直、何かあったんだろうかと思ってしまうくらいだ。 「牙琉検事が忙しい事くらい、充分承知してますから。無理に連絡なんてくれなくても大丈夫です。でも、こういう時は俺を頼ってくれないと怒りますよ。」 あ、こんなとこはやっぱりオデコくんだと思う。 「大好きでも怒らない?」 「大嫌いでも離しません。」 マンションまで送ってくれて玄関に押し込まれる。信頼があるから、大嫌いでも離さないなんてオデコくんは言ってくれたけど、帰っちゃうんだと思うと、離れたくない。 「帰したくな、い」 俯いて、袖を引く。 「今日は駄目です。」 何かを飲み込むような、おデコくんの声。我慢してくれてるのがまるわかりだ。 「体調が良くなったら幾らでもつき合いますから、今日は駄目です。ゆっくり休んで下さい。」 「嫌、だ。」 「嫌って、アンタ…。」 窘められる前に、背中から抱きつく。両腕は胸元から腰に廻して、顔が肩口に埋めた。法介の服装は襟足ががら空きだから、熱い息がそのまま首筋にかかるのは計算づくだ。直接的に性感帯に触れるのは、こういう場合は逆効果。あくまでもお願いに徹した方が法介は弱い。 ますます上がって来たらしい熱で、涙が浮かんで来たのも利用させて貰う。しゃくり上げる声で、懇願した。 「ずっと、側にいて、よ。」 これで引き留められないのなら、それこそ恋人関係なんかじゃないだろう? 外に踏み出していた足を王泥喜はゆっくりと引き寄せた。それによって留まっていたオートロックの玄関が、ガチャリと音を立てて閉まる。 響也が腕の力を弱めると、王泥喜は斜め後ろに視線を流した。細められた瞳が強い。 「俺、抑えなんか効きませんからね。」 「うん。」 「後で、嫌だとか駄目だとか言っても受け付けませんよ。」 「うん。」 「だいたい、熱があるくせに何さかってるんです。」 「法介がいるんだから、しょうがないだろ。」 ごくんとあからさまに唾を飲む音がして、王泥喜は胸元に回されていた響也の腕を片方とって、向かい合う。 「俺が我慢してるのをわかってて、誘ってますね?」 「…ごめん」 「あやまったって、受け付けないって言ったでしょ?」 にこりと、邪気の無い笑顔で笑った。 こういう時の王泥喜の方が、数倍曲者なのを響也はよく知っている。そんなところは、ろくすっぽ教えを享受していないはずの王泥喜が、成歩堂とよく似ていると思う瞬間だ。 期待と不安にぶるりと震えた腰を支えられて、玄関のマットに押し倒されれば、ゴクリと唾を飲んだのは、響也の方だった。 「…まさか、此処で?」 「検事局から我慢してたんで、諦めて下さい。」 ひっと息を飲む様子には目もくれず、ベストを脱いで腰に当てられる。本当は玄関マットを使用したいところだが、流石に発熱中の人間に、床は冷たいだろうと言うことか。 「ほ、法介?」 「あ、一張羅なんで汚さないで下さいね。汚したらお仕置きしますよ?」 にっこり笑顔がそのままなので、本気の涙が零れ落ちる。 「おデコくんの、鬼!!」 「何を今更。」 後頭部に手を添えられて、唇を重ねる。躊躇いなく差し込まれる舌を吸い寄せて、両腕で背中に手を回した。王泥喜の手が性急に服を取り去っていくのをぼんやりと見つめながら、残った理性が思考を繋いだ。 悩んだって、行き着く先は結局…。 ふいに目が合って、互いに微笑んだ時には、同じ思いに行き着いていたなど知らないふたりだった。 於いて翌日。 両手に試験管を持った茜が、成歩堂なんでも事務所を襲撃したのは言うまでもない。勿論、標的は王泥喜だけだったので、彼女を止める人間はその事務所にはいなかった。 牙琉検事は欠勤です。 〜Fin
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